20年先もデフレ?

11月下旬に政府がデフレ宣言をして以降、「日本のデフレはどのくらい続くのですか?」という質問をよく受けるようになりました。

  私は、「日本はあと20年経ってもデフレから抜け出せない」と考えています。端的な理由が拙書『サブプライム後の新資産運用』の本分中にありますので、その箇所を引用したうえで、現状も踏まえた補足を加えたいと思います。

(以下『サブプライム後の新資産運用』134〜137ページから引用)

  そもそも、健全なインフレとは、労働者の賃金が伸び、消費が拡大して初めて起こります。日本にインフレがこない最大の原因は、実はバブル経済が崩壊した1991年以降、労働者の賃金がまったく伸びていないことにあります。

  バブル崩壊後の日本だけが、「賃金が上昇して、消費が拡大し、物価が上昇する」という経済学上のプロセスを世界で稀に経験できずにきてしまいました。バブル崩壊による平成不況は2002年に終わり、企業業績がすこぶる良くなった2003年以降も、労働者の賃金は下がり続けているのです。

  実際に、1998年から2006年まで9年連続でサラリーマンの平均年収は下がり続けています。これは、大企業が国際競争力を保つために人件費や製造コストの抑制を不況脱出後も続けているからであり、それが大多数の中小企業の労働者の賃金の押し下げに影響を与えているからです。

  おそらく、労働者の賃金が上昇しないという流れは今後も止まらないでしょう。世界経済の拡大期は2007年でいったん終了し、それ以降は景気が後退あるいは停滞する可能性が高いことを考えると、労働者の賃金はこれからも横ばいか、あるいは右肩下がりになる可能性が高くなることが予想されます。

  企業収益が過去最高を5年(2004〜2008年度決算)連続で更新したとしても、このありさまなのです。ひとたび企業業績が天井を打ち伸び悩むようになれば、デフレの長期化が今後も続くことは間違いありません。

  2007年後半から、世界的なエネルギーや食料価格の高騰が進み、世界的なインフレが起こっています。日本でもガソリンや食品価格の値上げが続き、急激なインフレが起こるのではないかとマスコミを中心に騒がれています。

  しかし、インフレにならない日本の体質を知っていれば、さほど心配する必要はありません。日本は労働者の賃金が伸びないほかにも、エネルギーの消費効率がとても優れていて、食料品価格の物価に与える影響は世界でも最低水準であるというインフレに強い体質を持っています。

  例えば、食料品にしても2008年に入ってから10?20年ぶりの値上げをしたものが多く、牛乳のように30年ぶりの値上げというものもありました。これは、世界から見たら驚くべき物価情勢です。

  日本の物価がこの20年間で10%くらいしか伸びていないのに対して、アメリカでは80%、イギリスでは70%、その他の先進国でも同じ水準の伸びを示しています。このことを考えると、日本の物価情勢がいかに特殊であり続けてきているのかが理解できます。

(引用終わり)

  以上の文章は、マスコミでインフレが来ると騒いでいて、多くのエコノミスト物価上昇率は3%や4%になると言っていた時期に書いた文章ですが、現状を分析すると、事態は当時よりも悪化していて、日本のデフレはこれからさらに加速していくと考えられます。

  安売りが衣類や食料品、電化製品だけでなく、いよいよ高額の耐久消費財にまで波及してきたからです。

  その象徴的な事例が、今年の9月にトヨタの社長が低価格化路線への転換を表明したことです。自動車はシェア争いのために安売り競争をすることなく、これまでは高価格を維持してきた商品です。それがプリウス値下げの成功により、「低価格にすればガソリン車も売れる」というトヨタの勘違いを生み、その後はガソリン車の上級車も低価格で設定されるようになりました。

  経済界の大きな流れを左右するトヨタの路線転換は、自動車業界だけでなく、他の業界へも大きな影響を与えるはずです。「トヨタがやるのだから、我社もやらなければならない」という風潮を作り出すには十分であったでしょう。そうすると、デフレが加速していきます。

  このままでは、もっとも高額な耐久消費財である住宅にも、その影響は波及してしまうかもしれません。セキスイハウス、大和ハウスパナホームへーベルハウスなど大手住宅メーカーまでもが低価格路線を打ち出してきたら、デフレも最終形態に入ってくるものと思われます。

  日本人はもう10年以上もデフレと付き合っており、世界的に見ればデフレの大ベテランです。給料が上がらなくても安い商品を選び、上手にやりくりする術を身につけてきました。とはいえ、これから迎える長期デフレにおいては、その術を持ってしても、過酷な状況に追い込まれるかもしれません。

  値下げ競争が激化し、企業の利益が減る。その結果、給料が下がり、消費が縮む。そして、さらなる景気後退を呼ぶ。こうしたデフレスパイラルを避けるためには、日本のシステムそのものをつくり変えていかねばなりません。

  それが、法人税減税と派遣労働者の正社員化、年金財源の全額消費税化といった三位一体の抜本改革なのです。雇用環境が改善し、実質的な手取り収入が増え、将来不安がなくなる。このような条件が揃わない限り、国民は安心して消費をしませんし、給料も上がりません。(執筆者:中原圭介 ファイナンシャルプランナーエコノミスト 編集担当:サーチナ・メディア事業部)