世界経済

田原 榊原さん、いま円の独歩高が続いていますね。ドルが安い、ユーロも安い、そして円だけが高い。これはどういうことですか?

榊原 これは世界同時不況の始まりなんです。

田原 え、また不況が始まるんですか。

日本の景気は夏以降、落ちる

榊原 ええ。ギリシャ危機によってヨーロッパ経済がおかしくなりましたね。実はアメリカもいったん回復した景気が腰折れしているようなんです。いま順調なのはアジアだけです。

さかきばら・えいすけ1941年生まれ。大蔵省財務官時代は為替・金融制度改革に手腕を発揮し「ミスター円」と呼ばれた。早稲田大学教授などを経て、現在は青山学院大教授。著書に『フレンチ・パラドックス』など多数

田原 でも、日本の経済が好調だとはとても思えないけど。

榊原 日本はまだ好調なほうですよ。1〜3月期の経済成長率が年率換算で約5%でしたし、続く4〜6月期もそこそこの成長率でしょう。だから円が強い。

田原 そうは言っても円高株安・・・これは景気にとって最悪じゃないですか。

榊原 そうですね。いまはまだ大丈夫ですが、まもなく為替市場や株式市場を通じて世界同時不況が日本にもやってきます。

田原 日銀や財務省円高をこのまま放っておいていいんですか。榊原さんは大蔵省国際金融局長時代(1995年)に、為替介入して円高の是正に成功したじゃないですか。

榊原 当時はアメリカもドル安に懸念を持っていて、カウンターパートだったサマーズ財務副長官(当時)と私の考えが百パーセント一致したから円安誘導がうまくいった。

 しかし、今回はガイトナー財務長官もNEC(国家経済会議)委員長になったサマーズも、本音ではドル安を歓迎していますから介入に抵抗しますよ。アメリカが賛成しない限り、介入したところで効き目はありません。


田原 すると、このまま円高が続くわけですね。そうなると、輸出産業にとっては大打撃だ。日本の景気はいつから落ちるんですか。

榊原 夏以降、落ちていくでしょう。まず為替がさらに高くなります。史上最高値79円75銭('95年4月)を年末までには更新するでしょうね。

 円高が進めば、田原さんご指摘のように日本の景気を引っ張っている輸出産業は当然落ち込みますし、それに伴い設備投資も落ちることになります。

田原 いまはまだ景気が順調だと言っても、そんなのは東京、名古屋、大阪の大都市ぐらいで、実際には地方都市はすでに景気が悪くなっている。

榊原 そうですね。大企業だけでなく中小企業も中国に生産拠点を移転していますから、地方都市が空洞化してしまったんです。
田原 地方にしてみれば一向に景気が上向かないままさらに悪くなるなんて、どうすりゃいいんですか。

榊原 非常に難しい問題ですねえ。なにしろ日本と中国の経済が一体化しつつあるので・・・。

田原 経済が一体化?

榊原 日本の製品の多くが中国で生産されているでしょう。東アジア(日本・中国・韓国・ASEAN10ヵ国)もEUのように経済統合が進んでいるんです。EUの域内貿易比率は65%。東アジアは'90年の40%からいまや58%を占めるに至った。EUに近づいているんですよ。

田原 経済が一体化している中国は景気がいいのに、日本の景気は落ちてしまうんですか。

榊原 確かに日本はいま、中国の好景気に引っ張られていますが、中国はかなりバブル気味なんですよ。特に不動産がすごいことになっていて、上海も香港も地価が高騰し続けて、マンションなんかやたら高くなっている。

田原 '90年代の日本同様、バブルがいずれ弾けるということですね。

榊原 当局もこれ以上、不動産価格が上昇しないように金融を引き締め始めました。また、中国は輸出がGDPの40%前後を占めますから、欧米の景気が悪いとなれば輸出も悪化せざるを得ない。したがって、これから経済成長率は落ちてくるでしょう。

田原 中国はアメリカの圧力もあって人民元の切り上げに踏み切りましたね。これは経済にどんな影響がありますか?

榊原 まあ、本格的な変動相場になるにはまだ10年はかかるでしょう。円と同様、人民元も10年先には対ドルで2倍の価値になるかもしれませんが、当面は大きな影響はないでしょう。

財務省と学者にやられた

田原 次に消費税について伺います。民主党参院選で惨敗を喫したのは、菅総理が消費税10%に言及したからだと言われています。ただ、日本の財政は国債発行残高、つまり国の借金が880兆円に上りGDP比189%。世界最悪です。一方で消費税率が5%というのは世界でもずば抜けて低い。その文脈で言えば、菅総理の消費税増税発言は当を得ていたわけですね。

榊原 そうですね。

田原 しかも、自民党だって消費税10%を主張していた。それなのに、どうしてあんな大敗を喫したんですかね。

榊原 世論調査をすれば、いずれは消費税を上げなくてはならないということに60%以上の人が賛成する。ただ、民主党マニフェストでは、次の衆院選まで消費税は上げないと明言していた。

 菅総理は「いずれは」という意味で増税に触れたんでしょうが、あの時期に言ったことで、実は次期衆院選前に上げるつもりなんだと有権者が勘ぐってしまった。約束を破ったと思われたわけでしょう。

田原 言うタイミングを間違えた?

榊原 口がすべっちゃったんでしょうね。

田原 榊原さんの後輩である財務官僚の振り付け通りに発言しちゃった?

榊原 その可能性は否定しません(笑)。菅総理は最近まで財務大臣だったから財務官僚とは非常に近い。財務省事務次官になった勝(栄二郎)君は、私の下で働いてもらったこともありますが、非常に優秀な官僚でね。彼も消費税の引き上げがいずれは必要になるということを、菅総理の耳に入れていたことでしょう。

田原 市民運動出身で官僚との縁は極めて薄かった人が財務大臣になった。こういう人は財務官僚にしてみれば言いくるめやすい?

榊原 いや、そういう言い方はどうかと思いますが、一生懸命に説明すると思います(笑)。
田原 財務官僚側に言わせれば、阪大教授(小野善康氏)の怪しい論理に乗っちゃったから、国民が反発したと言うんだけど・・・。

榊原 あるいはそうかもしれません。

田原 教授の説は、増税しても使い方を間違えなければ景気は良くなるということですね。これってにわかには信じがたい理屈なんですが、異端な説ですか。

榊原 いや、経済理論としては間違っていないんですよ。しかし、増税で集めたカネを百パーセント無駄なく運用するというのが前提で、それは神様の領域ですね。いずれにしても、総理という立場にいる以上、特定の経済学者にあまり依存しすぎるのは避けたほうがいいと思います。むしろ現場の言うことを聞くほうが有効な場合がしばしばありますからね。

3度目の世界大恐慌

田原 榊原さんも消費税の引き上げは必要だという立場ですよね?

榊原 いや、当面は引き上げなくていいんです。だって、日本は財政危機ではないから。

田原 え、財政危機じゃないの?

榊原 日本国債の95%は国内で買われているし、10年国債金利が1%を切っている。これは先進国で最も低いんです。

田原 ああ、そこが財政危機のギリシャとは違う。ギリシャは70%が対外債務で金利も高い。

榊原 そうなんです。つまり、日本国債はまだ売れる。しかも、日本の家計の金融資産は1400兆円以上もあります。

田原 日本全体で1400兆円以上の預貯金があるということですね。

榊原 ローンなどの負債を引いてもまだ1100兆円超の資産がありますから、国債残高880兆円との差額はまだ200兆円以上ある。国債を消化できる余力はまだまだあるんです。

田原 もっと国債を発行しても大丈夫なんだ。

榊原 ぜーんぜん大丈夫。

田原 じゃあ、菅総理が選挙中に「このままでは日本がギリシャのようになってしまう」と熱弁を振るっていたけど、あれは言い過ぎですか。国民への脅し?

榊原 いや、このまま放置しておくと危機に陥るという認識は正しいんです。日本の貯蓄率はどんどん下がっていて、ついに3%を切りましたから、このまま金融資産と国債発行残高のギャップが縮んでいけば、10年先には危機に陥る。でも、当面は危機ではない。ここを峻別して考えなくてはいけません。

田原 さて、7月22日に来年度予算の概算要求基準が決まりました。景気はこの先どんどん悪化傾向だというのに、菅内閣財政支出によって景気を刺激しようという積極予算を組むつもりはないようですね。

榊原 そうですね。きっと財務省に抑えられちゃったんだな(笑)。

田原 新聞各紙もたかだか1兆円超の特別枠(元気な日本復活特別枠)を、いったい何に使うつもりだと攻撃していますね。

榊原 新聞は積極財政に否定的なんですよ。でも、実際に予算を組む時期には景気が相当に悪化しているはずですから、思い切って積極財政を採用すべきだと思いますね。ノーベル賞学者のクルーグマンによると、1870年型の不況が来るということですから。

田原 1870年? 日本は明治維新のころですね。

榊原 そうです。近代、世界不況は2回ありました。ひとつは世界大恐慌(1929年)ですが、それ以前にも1870年にイギリスから始まった世界不況があるんです。大恐慌は株がドーンと暴落し、1870年のほうは緩やかに5年ぐらい続落していきました。

田原 不景気が長引くのは怖いですね。

榊原 怖いですよ。ヨーロッパはギリシャの前にもラトビアハンガリーの経済が悪化し、2008年にIMF(国際通貨基金)が緊急融資しています。その後がギリシャで、今後スペイン、ポルトガルも経済危機が続きそうです。1870年型不況になる可能性は大いにある。

田原 でも、EUの大手銀行のストレステスト(健全性審査)の結果は、思ったほど悪くなかったんじゃないですか?

榊原 これってホントかねえという結果でね。ヨーロッパの金融機関はギリシャ国債を持っているわけですから、ギリシャが国家破綻に近い状況となれば、金融機関への公的資金の投入もあり得ると思いますよ。

田原 ギリシャGDPが30兆円ぐらいですね。

榊原 そう、つまり小国なんです。だから危機を脱するためには、観光資源が豊富な島を売ればいい(笑)。

田原 確かに高く売れそうだ(笑)。でも、その小国の危機がスペインやイタリアなどの大国に拡大していったら本当に大変なことになりますね。一方で、榊原説によれば、アメリカ経済も腰折れだという。オバマ大統領は金融救済のために24兆円を投入し、これで危機は収まったと見られていたんですが・・・。

榊原 アメリカの金融システムは一度崩壊し、アメリカ経済も崩壊した。そこで24兆円の公的資金を入れ、いわば生命維持装置を付けたわけですが、それでも維持できなくなってきたのです。

 住宅市場が立ち直らないし、従来アメリカの消費者はローンを組んで消費してきたわけですが、いまや消費をせずに借金を返し始めた。最近、アメリカの貯蓄率が上がっていますが、あれはローンを返し始めているに過ぎないんです。

田原 そうなんですか? 貯蓄率の上昇はアメリカが健全化した結果だと思っていました。

榊原 それは違うんですよ。返済で引き落とされるカネをいったん銀行に入れるので、統計上は貯蓄になってしまうわけです。

田原 アメリカ経済は持ち直しませんか。

榊原 持ち直すのは非常に難しいでしょう。ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーをはじめとするインベストメントバンク(投資銀行)等が会社の合併や吸収を仕掛けたり、新しい証券を発行したりして、自己資本を30倍、50倍に拡大していった。

 しかし、限界が訪れた。これがリーマン・ショックです。ジョージ・ソロスは「アメリカ型資本主義の崩壊」だと言っています。

内向きすぎるニッポン

田原 話は少しさかのぼりますが、日本では'96年の橋本内閣時代、長野厖士大蔵省証券局長が中心となって金融ビッグバンを進めましたね。東京株式市場をアジアのトップにするというのが目的だった。

榊原 私も長野局長と一緒にやったんですが、結果として東京はトップになっていません。上海、香港、シンガポールに負けています。日本にはアメリカ型のインベストメントバンクがありませんからね。

田原 日本の銀行はコマーシャルバンク(商業銀行)だから、アメリカ型の銀行経営者に比べて、呆れるほどリスクを取らない。

榊原 金融危機にあってはそれが幸いしたんですが、確かに保守的ですね。国内ばかり向いていて、中国にもインドにもあまり出て行かない。製造業が先に出て行って、銀行が後からついていくというのが日本の実情です。海外とは順序が逆なんです。

田原 このまま、世界で活躍できない金融機関でいいんですか。

榊原 もちろん、よくないですよ。みずほや三菱東京UFJのようなメガバンクこそ、楽天ユニクロのように公用語を英語にして、どんどん海外に、特に東アジアに出て行かなくてはいけないと思います。

田原 どうも日本全体が内向きになっていますね。

榊原 国が豊かになり国内市場が大きくなったので、国内だけで商売が成り立ってしまう。韓国は人口4800万しかないから国内だけで食っていけず、アグレッシブに海外に出て行かざるを得ない。いまの日本は、贅沢さえ言わなければ何とか生きていけるよ、というメンタリティになっているんです。

田原 GDPに占める輸出比率は韓国が50%、日本がわずか14.7%。日本は輸出立国だなんてウソですね。

榊原 だからもっと東アジアに進出しろと言いたい。国内市場は今後どんどん人口が減っていくんだから成長しようもありませんが、東アジアは逆にぐんぐん成長しています。

田原 榊原さんは菅さんのブレーンなんだから、内需拡大ばかり唱えている民主党にそうアドバイスすればいいのに。

 ところで民主党は今後、予算編成や法案審議でかなり苦労することになりますね。国会のねじれ現象をどう見ますか。

榊原 自民党と政策協定したらいいんじゃないでしょうか。大連立にする必要はないけれど、いまの自民党は右寄りの人がみんな離党してしまい、リベラルな人が多いので政策協定できるはずです。

大きな政府」に舵を切れ

田原 実は、両党の政策は大差がない。これはこれで問題ですね。二大政党なのに、選択肢が不明確になっている。

榊原 ですから私は、民主党は積極財政で民主党カラーを明確に出せばいいと思うんですよ。子ども手当も全額支給する。高校の授業料無償化も大学にまで拡大する。そのためには「大きな政府」にしなければならないと、はっきり言えばいい。財源は先ほど言ったとおり、当面は国債の発行で賄えるんですから。

田原 民主党は「大きな政府」を公約にしたくても、世の中の反発が恐くて言えないんでしょ。

榊原 「大きな政府」とは大きな国家予算を持ち、公的負担の大きい政府であり、市場に大きなシェアを持つことから民間の経済成長を阻害するとして批判され続けましたから、確かに政治的には言い出すタイミングが難しいでしょう。私は政治家ではないから平気で言えるけど。

田原 特に小泉政権以降、「小さな政府」を志向した規制緩和、自由競争によって格差が拡大し、働いている人の最低賃金生活保護を受けている人の受給額より少ないという、おかしな事態になっている。最低賃金の人とは、すなわち若者ですね。

榊原 日本の福祉は年金や医療、つまり年寄りのほうしか向いていない。若年層に対する福祉が軽視されてきました。日本は「小さな政府」のままで格差の拡大を許容するのか―竹中平蔵さんはそれでいいという考え方でしょう。

 それとも教育や出産、育児に予算を投入して、若年層に対する福祉を拡充し、格差を縮めるのか。それをやるには「大きな政府」しかないわけですが、どちらを選ぶのかということです。

何かを決断したくても、政権基盤が弱くては・・・

田原 「大きな政府」にするということは、当然ながら国民が負担する税金が増えることになる。

榊原 はい。ただ、日本は法人税は先進国のなかではかなり高いのですが、国民の租税負担率は21.5%です。アメリカが26%、イギリスが38.5%、フランスが38%ですから、先進国のなかではわりと低いほうなんですよ。

田原 アメリカは「小さな政府」、一方ヨーロッパは「大きな政府」ですね。

榊原 アメリカはまさにアメリカンドリームの国で、格差が大きくてもそれを許してしまうイデオロギーですから「小さな政府」でいいんです。しかし、日本にそうしたイデオロギーはないでしょう。

田原 日本は伝統的に、競争より平等を重んじる国ですからね。

榊原 ええ。ところが、メディアはこぞって「小さな政府」でなければダメだと言っている。

田原 官僚叩きと「大きな政府」批判だ。

榊原 民主党も当初はヨーロッパ型の「大きな政府」を志向していたんですがねえ・・・。

田原 メディアや世論を恐れてどんどん言うことが後退し、何をやりたいんだかわかんなくなっている印象ですね。

榊原 「モノからヒトへ」を謳うのであれば、ここではっきりと格差の縮小、若年層への福祉の拡大のために「大きな政府」へ舵を切ると宣言すべきです。それこそが政権交代による新たな国づくりの第一歩だと思いますよ。

世界経済見通し

ワシントン平地修】世界銀行は17日発表した最新の世界経済見通しで、12年の世界全体の実質経済成長率を2.5%と予測し、昨年6月時点の前回見通し(3.6%)から大幅に下方修正した。欧州債務危機の影響が先進国だけでなく新興国にも及んでいるとし、「世界経済は重大な下ぶれリスクと脆弱(ぜいじゃく)性によって非常に困難な局面に突入した」と分析した。

【欧州危機】ユーロ9カ国格下げ:危機脱出機運に冷水

 ユーロ圏の12年の成長率予測をマイナス0.3%と、昨年6月の予測(1.8%)から大幅に下方修正し、「欧州は景気後退期に入ったようだ」との見解を示した。日本については、12年の成長率を1.9%と見込んだが、昨年6月の予測(2.6%)からは下方修正。東日本大震災の復興需要で11年のマイナス0.9%からは回復するものの、欧州危機が影響を及ぼし始めているとしている。

 世界経済のけん引役になってきた新興国については、欧州危機の影響で投資や貿易量が減少しており、12年は中国の成長率が8.4%に減速するとの予測を示し、ブラジルやインドなどでも成長の減速がみられると指摘。欧州の景気停滞と新興国の成長鈍化が世界経済のリスクを高めており、欧州危機が想定以上に深刻化すれば、「(世界経済は)08年から09年の金融危機と同等か、より深刻な景気後退に陥る恐れがある」と警告した

2012年の1ドル50円時代になるか?

2011年、EU欧州連合)崩壊の危機、アメリカのデフォルト危機などで通貨問題は大きく揺れた。2012年、ドルの行方はどうなるのか。今、最も注目されているエコノミスト浜矩子氏が予測する。

* * *
筆者はドル高修正の流れはいよいよ最終局面を迎えると予測する。財政恐慌の危機はギリシャという周辺から始まり、次第にEUの中心へと向かっているが、最終的には本丸アメリカへと向かう。

振り返れば、ドルと金の交換停止を宣言した1971年8月の「ニクソン・ショック」により、事実上ドルは基軸通貨の地位から退位を余儀なくされ、1985年9月のプラザ合意によってドル安が世界の合意となった。こうしたドルの落日にとどめを刺したのが2008年9月のリーマン・ショックだった。

加えて近年、アメリカ自身が、ドルが基軸通貨たることを放棄し、ドル安を露骨に望んでいる。それを物語るのが、オバマ大統領が10年初めの一般教書演説の中で「向こう5年間で輸出を倍増させる」と宣言したことだ。

さらに2011年の一般教書演説では「今後、世界で誕生する雇用機会は全てアメリカで生まれ、新たに起こるイノベーションは全てアメリカで起こるものでなければならない」と発言した。あからさまに?アメリカ良ければ全て良し?と宣言したのである。

筆者はこれまで、ドル高修正の象徴として、いずれ「1ドル=50円時代」が到来すると予告してきたが、2012年にはその数字がいよいよ現実のものとなっていくだろう。1ドル70円を割れば一気に加速がつき、60円を割って50円へと向かう。その時、名実ともに、完全に、ドルは基軸通貨でなくなる。

たとえて言えば、バスタブの栓を抜くと最初はゆっくりと水が減っていくが、最後に「しゅるん」と音を立てて消えていく。その「しゅるん」の瞬間ドルの完全な落日がやってくる。

EUアメリカも破綻は避けられない。リーマン・ショックは金融恐慌を引き起こし、それを食い止めようとして財政が出動した。そのことで財政恐慌が起こり、それがまた金融恐慌をもたらすこうした金融恐慌と財政恐慌の無限ループが垣間見えたのが11年で、それが本格化するのが12年である。

ちなみに、日本が世界最大の債権国、アメリカが最大の債務国であるのに対し、ユーロ圏全体で見ると債務、債権はほぼバランスが取れている。とすれば、ユーロが今後も存続していると仮定して、円とドルの間にユーロが位置するのが適当であり、1ドル=50円時代における円の対ユーロレートは70円台ぐらいになっていくと思われる。

2012年景気見通し予測

<概 要>
ギリシャを発端とした欧州の債務問題はEFSFの拡充などから、リーマンショックのような世界的金融危機に発展するリスクは低下している。しかし、ユーロ圏における金融環境の改善は見込み難いうえに、歳出削減の動きなどから周辺国を中心として欧州景気は停滞が続く。米国経済も雇用回復の遅れ、家計のバランスシート調整の長期化などから、成長ペースは緩慢なものにとどまる。これまで世界経済を牽引してきた新興国経済も、中国の成長ペースが鈍化するなど、景気の牽引力の低下が見込まれる。
海外景気に明るい材料が見えない中で、国内経済は年末にかけては、サプライチェーン正常化の一巡、地デジ化対応・住宅エコポイントなどへの駆け込み需要の剥落、海外景気減速の影響などから回復ペースが一旦鈍化する。
ただし、総額12兆円の第3次補正予算による景気押し上げ効果が顕在化すると予測される2012年央以降は、成長ペースが再び加速する事を見込む。第3次補正予算は総額でGDPを1.0〜2.0%程度押し上げる効果があると推計されることから、国内経済の下振れリスクは小さく、日本は2012年度に関しては先進国の中で有数の高成長国となる蓋然性が高い。
実質経済成長率は、2011年度0.3%増、2012年度1.9%増を見込む。
一方、2013年以降は国内では景気押し上げ効果の剥落、所得税率や消費税引き上げなど国民負担増加の動き、海外においては欧州では債務危機の影響による景気停滞の長期化、米国での財政再建の動き、中国での不良債権問題などの不透明要因が多く、中長期的な観点からは国内景気を楽観視することは難しい。

欧州危機のパンドラの箱を開けた

欧州債務危機をめぐって、英誌エコノミスト最新号は炎を上げて落下する欧州単一通貨ユーロを表紙にあしらい、「これが本当の終わり?」と最高レベルの警戒感を示した。カギを握るメルケル独首相が最終的に欧州中央銀行(ECB)による重債務国の国債買い切りやユーロ共同債の発行を決断、ユーロ崩壊をぎりぎりで回避できたとしても、欧州が景気後退の長いトンネルに入るのは確実になってきた。

 イタリアの3年国債利回りが8・13%まで高騰するなど、25日の欧州債券市場は売り一色になった。重債務国の国債を抱える金融機関が「パニック売り」(市場関係者)に走ったためだ。ECBが買い支えても売り圧力は一向に収まらない。

 エコノミスト誌は、メルケル首相が小・中学生時代のプール授業で飛び込み板の上で尻込みし、終業ベルが鳴ったとき、ようやく飛び込んだ逸話を紹介。同首相にECBによる国債買い切りやユーロ共同債の発行を決断するよう促した。

 ドイツが及び腰なのは、第一次大戦の戦費調達のため政府債務を膨らませ、敗戦と賠償金支払いで1920年代に超インフレを経験したトラウマがあるからだ。債務拡大とインフレを極度に嫌うドイツは、今回の危機でも重債務国に財政赤字削減を迫るだけで他の対策を怠り、危機をイタリアやスペインに飛び火させてしまった。

 英紙ガーディアン(電子版)などは、ドイツは20年代の超インフレよりも30年代に米国が犯した過ちに学べと警鐘を鳴らす。

 大恐慌によって米国が世界中からドル資本を引き揚げた結果、海外からの借り入れに頼っていたドイツではドル資金が枯渇して銀行閉鎖が相次ぎ、倒産と失業が拡大、ナチスの台頭を招いた。同紙は「今ドイツに必要なのはインフレ警戒ではなく重債務国に資金供給することだ」と指摘する。

 欧州では、自己資本が不足した銀行による貸し渋りで経済活動が停滞、各国政府による財政赤字削減も景気の下押し圧力を強める恐れが懸念されている。

 在英ヘッジファンド共同創業者の浅井将雄氏は「イタリアという“パンドラの箱”が開いた。ユーロの支柱のひとつだったイタリアの債務危機で、ユーロ共同債導入の前提も崩れた。メルケル首相がプールに飛び込んでユーロを救ったとしても、欧州の長期的な景気後退入りはもはや避けられない」と話している。

ツキに見放された世界経済

■回復見えると「事件」起こる

 リーマン・ショックから3年が過ぎ、世界経済に再び暗雲が広がっている。国際通貨基金IMF)が9月に発表した世界経済見通しは、先進国の成長鈍化、財政と金融の不確実性が著しく増幅したことで、4月に比べて経済回復が著しく不透明になっていると指摘している。ここ数年の先進国経済はどうも、「ツキがない」ように思えてしかたないが、どうだろうか。

 ◆薬と副作用

 2008年9月、米政府がリーマン・ブラザーズ公的資金を投入せずに破綻させたことで、世界は同時不況に突入した。リーマン破綻の引き金となったのは米国の住宅バブル崩壊で、金融工学が生んだ低所得者向け高金利型住宅ローンであるサブプライムローン不良債権化だ。

 世界は2種類の薬を服用した。一つは巨大な財政出動による景気刺激策だ。09年だけで500兆円の公的資金が投じられた。もう一つは金融緩和だ。各国の中央銀行金利引き下げや国債買い取りで資金供給を増やす量的緩和を競った。

 ところが、米国が低迷から抜け出し切る前に、欧州の金融危機が表面化した。東日本大震災も日本経済を襲った。

 同時に、世界経済では2種類の薬の副作用も進行し始めた。巨額の公的資金をつぎ込んだことで、各国政府の借金が急速に膨らんだ。追加景気刺激策の余裕はなくなった。

 大規模な金融緩和も、新興国にインフレをもたらし、成長力をそいだ。インフレに直面した新興国は金融引き締めに反転。その結果、新興国経済というリーマン・ショック後の世界経済のエンジンの出力が低下した。

 ◆袋小路の米経済

 米国は2度の量的緩和を実施したが、泥沼化した住宅ローン問題から抜け出せずにいる。失業率も9%台で高止まりしたままだ。家計が抱える借金の7割は住宅ローンであり、雇用が改善しないなかで家計の可処分所得に対する借金の比率は114%と歴史的な過剰債務状態にある。当然、米国の国内総生産(GDP)の7割を担う個人消費は振るわず、市民の間で先行き不安が高まっている。

 オバマ政権は追加の景気刺激策を求め苦しんでいる。何をしても労働環境が改善しない現実に、米連邦準備制度理事会FRB)のバーナンキ議長は議会で「金融政策は米経済の問題解決の万能薬ではない」と証言し、無力感をにじませた。米国の政府債務はGDP比101%に達しようとしており、財政出動の余力は少ない。オバマ大統領の34兆円の大型雇用対策も、共和党との対立が深く、実現のメドは立っていない。

 追い打ちをかけたのが欧州の金融危機だ。09年10月、ギリシャ財政赤字が公表数字の3倍以上あったことが発覚。ユーロ圏が同年7〜9月期に1年半ぶりにプラス成長に転じた直後の、悪夢のような出来事だ。バンク・オブ・アメリカ不良債権が急増し、欧州以外にも影響が出始めている。

 ◆欧州危機終わらず

 国債格下げで国債発行が困難な状況に陥ったギリシャ救済のため、ユーロ加盟国、欧州中央銀行IMFは、ギリシャ政府による財政再建を条件に12兆円超の支援枠を設定した。だが公務員や福祉の削減は進まず、脱税は横行し、財政再建は遅々として進まない。

 そんな中、銀行救済に公的資金をつぎ込んだアイルランドが10年に財政危機に陥り、欧州連合(EU)とIMFに緊急融資を要請した。財政赤字の多いイタリア、スペイン、ポルトガルなどの国債償還にも不安が伝染して格下げが続出し、資金調達コストは高まっている。

 ギリシャ国債を多く持つフランス、ドイツ、英国や金融機関の信用不安が高まるなか、フランス・ベルギー系金融機関デクシアが解体されるに至り、欧州の対策は待ったなしの状態となった。混乱収束のため、欧州金融安定化基金(EFSF)の拡充や金融機関の資本拡充などを目指し、G20財務相中央銀行総裁会議、EU首脳会議など一連の国際会議が協議を進める。銀行を救済できても、各国の財政赤字は拡大の一途だ。危機は終わらない。

 欧米の混乱度合いは、外国為替市場の円相場で分かる。東日本大震災で大打撃を受けた日本がマシに見えるほどだ。しかし、海外に世界最大の純資産を保有し、ほぼすべての国債を国内消化できているとはいえ、国と地方を合わせた政府の借金残高はGDPの2倍と先進国で突出した状況だ。高齢化が進み、人口も減少するなど高成長は望めない時代に入ってもいる。暗い話ばかりで申し訳ないが、世界経済はツキに見放されてしまったのだろうか。

欧州からの世界恐慌回避策

ドイツがギリシャの借金をチャラにすれば解決

闇経済」の一角を占めるというギリシャアテネ市内の露天市場

 9月21日のニュースで国際通貨基金IMF)の試算が話題になりましたね。


 欧州連合(EU)加盟国で財政危機に直面しているギリシャなど6か国の国債がもし値下がりすると、それらの国債を持つ各国銀行の被害総額が日本円で21兆円と予測したんです。

 21兆円って日本の年間予算のほぼ4分の1強。当然、各国政府が公的資金で補填(ほてん)しないと、金融恐慌への道が始まります。日本だって人ごとじゃない。

 引き金を引きそうなのがギリシャギリシャ財政が悪くなった原因は別に調べてもらいたいけれど、共通通貨ユーロを持たせてもらったおかげで、身の丈に合わない贅沢(ぜいたく)をしてきたわけ。EUの大国ドイツやフランスが中心になってギリシャの借金、つまり国債の返済や利払い資金を提供しているよね。それが、ずるずる長引く気配。そのうちドイツ国民がもう貸すな、と怒り出しかねない。

 では、一挙の解決方法はあるかと聞かれれば、あります。財政上、力と余裕のあるドイツが、「ギリシャに貸し込んだ借金をチャラにします」と先陣を切って宣言すること。そんなバカな、という人がいるでしょうが、フランスの専門家からは本当にそういう声が出ているんです。

 だれが説得するかというと、フランスです。第2次大戦で殺戮(さつりく)と焦土の舞台となった欧州を平和の国家連合体へと導いてきたのは、戦争を引き起こしたドイツの贖罪(しょくざい)、フランスの政治力でした。現在の財政危機から目を背けて、平和再建への誓いを反故(ほご)にするのですか。最後はそういってドイツを説得するしかないというんです。さて、どうなりますか。