インフレになるか

sirius2222009-11-24

日銀の白川方明総裁は3日都内で講演し、「国債という借金の実質的な価値を目減りさせるためインフレ的な政策を採れば、さまざまな問題が起こる」と指摘。その上で「そうしたことは中央銀行は決して行わない」と強調した。
時事ドットコム:インフレ的政策は採用せず=日銀の白川総裁

今日はネットではこの話で少しばかり盛り上がっているようですね。
日銀がインフレを絶対に起こさないというのであれば、政治家と官僚が田舎に誰も使わない空港をたくさん作ったり、さまざまな官僚の天下り企業にばら撒いたりするために、日本国政府が築き上げた途方もない借金を返していくのは、そんな政治に全く関わっていなかった若年層の労働者であり、これから働き始める子供達です。
確かにインフレを起こすのは中央銀行にとっては禁じ手で決して筋のいいものではありませんが、だからと言って全く政治に関わっていなかった若者や未来の子供たちに借金を押し付けるのはそれ以上に問題でしょう。
日銀は政府の失敗を自分たちに押し付けられてはたまらないと思っているのでしょう。
もちろんインフレは借金を消す魔法ではありません。
国債の発行は未来の徴税の何物でもなく、ふつうは所得税やら法人税やら消費税で未来の労働者が払うのですが、インフレというのは現金や国債をたくさん持っている人が資産課税という形でまったく民主主義的なプロセスを踏まずに無理やり払わされるだけです。
しかし、日本の莫大な借金は通常の徴税プロセスだけでは返せないしそうするべきでないのも明白で、ちょっとずつインフレ課税もかけていくのが実現できればベストだと僕も思っています。

とは言え、日銀がインフレを起こすのは一部の経済学者が思っているほど簡単ではないのも事実です。

なぜ日銀はこれほど日本経済を蝕んでいるデフレという病を治せないのでしょうか?
この前の貨幣数量理論を読めば、日銀がもっとお金を刷ればかんたんにデフレなど解決するじゃないかと思った人も多いことでしょう。
実際にそのように主張する経済学者もたくさんいます。
しかし、現在のような状況では日銀ができることは実はあまりないのです。
日本経済は10年以上も「流動性トラップ」というやっかいなものにはまりこんでいるからです。

通常の金融政策では景気が悪くなったり物価が下がって来たら金融緩和をします。
通常の金融緩和とは中央銀行短期金利を下げることです。
中央銀行金利を下げると市場に出回るお金の総量が増えるます。
この辺をもう少しくわしく書くと、中央銀行では定期的にえらい人が集まって経済状況を話し合って最後は鉛筆を舐めながら目標の短期金利を決めます。
日銀の場合、この会合を金融政策決定会合といいます。
そして具体的には「短期金融市場のオーバーナイト金利をX%にするように施す」というように決まります。
短期金融市場というのは非常に信用の高い大手金融機関が資金を貸し借りするところでオーバーナイト金利とは一日だけ貸したり借りたりするときの金利です。
大手金融機関というのはこのように毎日資金を融通し合っているのです。

ちなみにリーマンブラザーズが破たんした時は、世界的な大手金融機関といえどもつぶれることがあると分かり、他の金融機関が連鎖倒産するかもしれないとみんなビビったので、この短期金融市場まで凍りつきました。
このとき世界の中央銀行は各国の短期金融市場で事実上すべての取引に国の補償をつけることにより短期金融市場の崩壊を食い止めました。
まさに世界経済の血液が止まる直前までおい込まれたのでした。

さて話は戻りますが、日銀はこのオーバーナイト金利を目標になるまでさまざまな方法を使って誘導させていくのです。
たとえば満期の短い国債を金融機関から目標金利になるまで買います。
金利が決まれば債券の値段は決まるし逆に債券の値段が決まれば金利が決まります。
金利を低くしたかったら債券をより高い値段で買ってあげればいいのです。
すると金融機関は短期金融市場で借りるより、手元の短期国債を日銀に売って現金を確保した方が得だったらそうするでしょう。
やがてオーバーナイト金利も短期国債金利もどっちが有利とも不利ともいえない金利に落ち着くでしょう。
逆に金利を上げたかったら短期国債を売ったりします。
結局、金融政策で金利を下げると、短期の国債を日銀が民間の銀行から買ってその見返りに現金を渡すことになるのでお金の供給量が増えます。
だからこのように金利を下げることを金融緩和というのです。
逆に金利を上げると、日銀は民間の銀行からお金を吸収することになるので、金融引き締めといいます。

ところで日銀や世界の中央銀行は、なぜ政策金利の誘導目標をこんな一日だけの大手金融機関同士の貸し借りのような極めて限られた市場の金利にしているのでしょうか?
それは市場原理を最大限に働かせるためです。
満期まで10年以上もある国債や、倒産してしまうリスクのある社債は、民間の金融機関のトレーダーが少しでもリスクを減らして少しでもたくさん儲けようと激しく競争して決まっていくべきなのです。
そのようにさまざまな経済情勢を織り込みながら金融商品の値段は決まっていかないといけません。
そこで他の参加者よりうまく分析して将来をより正確に予測できたトレーダーは大きな利益を得るのです。
日銀も世界の中央銀行も市場原理を極めて重視しています。
もちろん中長期的な経済の成長に合わせて日銀は長期国債を買っていますがこれは純粋に経済の規模に合わせて必要な貨幣を供給するという目的であり、長期金利を誘導しようという意図はないものです。
中央銀行が株式や社債などの短期金利以外の金融商品を売買するのはよほどの緊急事態で、非伝統的金融政策と呼ばれます。
こういう政策は市場原理を歪めるので本当に緊急の時以外はできるだけ避けたいのです。

さて、金利が低くなると、安く資金を調達できるので、銀行からお金を借りて新しく事業を始めようとする民間の企業もたくさんでてきますし、安くお金を調達して新しい事業を起こしたり、もっと利回りのよさそうな株や不動産に回ったり、モノやサービスを買ったりするのに使われて、景気もよくなって物価もじわじわと上がっていくことでしょう。
逆に景気が過熱しすぎて物価がどんどん上がってきたら、中央銀行金利を上げてこの逆をすればいいいわけです。
日本経済はそんな状況をもう20年近く経験していないので、金利を上げるなんてことはすっかり忘れてしまってしまったかもしれませんが。

さて、この金融政策ですが金利はゼロより下げられないから、日本のように長い期間にわたって不況が続き、物価が下落し続ける状況では金利がゼロに張り付いてしまっています。
だから金利を上げ下げするふつうの金融政策はもう効かないのです。

しかも、このゼロ金利の世界というのは、現金を持っている機会コストがゼロになるという際立った現象が起こります。
このことによっていくらマネーサプライを増やしても物価が上がらないという非常に奇妙な罠にはまりこんでしまいます。
これが流動性トラップです。

現金を持つコストを思い出しましょう。
それは金利でした。
国債を買えば金利を得られるのに、現金で持っていたり、ほとんど金利のつかないいつでも引き出せる銀行貯金にしていたりすると金利を稼げません。
現金を持っているとこの金利の分をいつも損をするのです。
それでは現金を持つメリットは何でしょうか?
それは流動性です。
流動性というのはいつでも使いたいときにお金を使えることです。
現金を持っていたら何か欲しいモノがあればすぐに買えます。
割安な株や不動産を見つけたらすぐに投資することができます。
しかし、国債を買っていたら現金に換えるのがかなり面倒ですし、満期まで持たずに売ると何らかのペナルティーがついたりします。
つまり、現金やいつでも引き出せる貯金というのは、国債を買っていたらもらえるであろう金利をあきらめて、便利さという流動性を手にいれることなのです。

よって、中央銀行が金融政策で金利をどんどん下げていけば、現金を持つことの機会コストを下げますから、現金を持つことの便利さというメリットだけがでてくることになります。
個人も企業も国債なんて買わずに現金をたくさん持つことでしょう。
そして、この現金は様々な経済活動に使われることになります。

日銀は1990年の土地バブル崩壊以降の景気後退とデフレを止めるために金利をどんどん下げていったのですが2000年ごろには、とうとう金利がゼロになってしまいました。
その後も金利をゼロにしてなんとか不景気とデフレと闘っています。
これがゼロ金利政策です。
しかし、このゼロ金利政策もぜんぜん日本のデフレには打ち勝てずに日銀は次の手段にでます。
それが量的緩和政策です。
量的緩和政策では今度は金利はゼロでもう下げられないから貨幣供給そのものを直接増やすことを目標としました。
具体的には、国債や手形の毎月の購入額を増やしてお金を市中に供給したり、民間の銀行に無利子で大量のお金を貸し出したりしたのです。
民間の銀行は無利子の大量の現金を抱え込めば、それを住宅ローンなどで貸し出したり、企業に貸し出したりするので、世の中にお金がどんどん出回りデフレも克服できるだろうと考えたのです。

しかし、ゼロ金利だとどうなるでしょうか?
この場合、国債を買っても金利がほとんどゼロなので、現金をたくさん持っている機会コストもゼロになります。
だったら流動性があって便利な現金をそのままタンスの中や銀行に寝かしておいても何の問題もありません。
どうせ国債で運用しても金利がほとんどゼロですし、景気が悪くてデフレでは株や不動産で運用してもリスクの割にいい利回りは期待できそうもないからです。
また、デフレということはモノやサービスの値段がどんどん下がっていき、逆にお金の価値がどんどん上がるので、無理して投資したり事業を起こすよりも、現金をタンスにでも眠らせておいた方が得です。

つまり、中央銀行がいくらお金を刷ってお金の量をどんどん増やしても、それは銀行口座やタンスの中に積み上がっていくだけで、まったく世の中でぐるぐる回らず、物価を上げないし、景気もよくしないのです。
日本経済はこの流動性の罠に長年はまりこんでしまいなかなか抜け出せないのです。

また、金利がゼロでも実質的な金利は実はかなり高いということもいえます。
金利がゼロでもたとえば毎年物価が2%さがれば、それは実質2%の金利がついていることと同じだといえます。
物価の変動率、つまりインフレ率は日本ではずっとマイナスなので、ゼロ金利政策は金融緩和のようにみえて、実際には金融引き締めだといえます。
しかし、金利はゼロより下げられないので、日銀としてはなんともできないのです。

それでは次回はバーナンキ背理法でも勉強しましょう。

「もし、日銀が国債をいくら購入したとしてもインフレにはならない」と仮定する。
すると、市中の国債や政府発行の新規発行国債を日銀がすべて買い取ったとしてもインフレが起きないことになる。
そうなれば、政府は物価・金利の上昇を全く気にすることなく無限に国債発行を続けることが可能となり、財政支出をすべて国債発行でまかなうことができるようになる。
つまり、これは無税国家の誕生である。
しかし、現実にはそのような無税国家の存在はありえない。
ということは背理法により最初の仮定が間違っていたことになり、日銀が国債を購入し続ければいつかは必ずインフレを招来できるはずである。